RSS|archives|admin

書の至宝

2006.02.23 Thu
20060217-xian_10.jpg
中学生の頃、書き初めでお手本を無視して王羲之と顔真卿を足したような“書の達人風の字”を小筆などを駆使して書き上げたら、これが同級生たちに非常に受けた。もはや書道というよりはレタリング(あるいはタイポグラフィ-)だったから、反則技を駆使して“描いた”ことになる。これで賞にでも入ったら大変だと、いらぬ心配をしていたけども、先生方にはお見通しだったようである。義務教育の書道はお手本第一で元気で大きい字が好まれる。
碑林を訪れてから「書の至宝」展に足を運ぶことは、西安に行く前から意図していたことだ。きっかけは最大限に活用したい。それにしても、自分のようなもの好きが博物館にたくさん集まっているものだと驚くばかり、もし王羲之の真筆が発見でもされたら、「死海写本」に匹敵する世紀の大発見といえるのではないか。
展示されているのはあくまでも“王羲之の書の臨書”あるいは法帖だ。ただ、臨書といっても“真筆を見て書いた”ことが歴史的、芸術的価値つくりあげていて、そこが他の諸芸術とはまったく違うところで興味深い。
唐の太宗が熱狂的な王羲之の書のコレクターでなかったなら、今日でも「蘭亭序」を拝めたかもしれない。


Category:art | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |